第弐拾参.弐話『 禁じられた遊び 』
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「なによっ…それ?」歯噛みするように言うアスカ。
シンジは何故この話に触れねばならなくなったのか、苦痛を感じていた。
「加持さん…、ネルフの人ってだけじゃ無かったみたいなんだ…。良くはわからないけど、何か悪いことに巻き込まれたみたいで…」
アスカの顔色を伺うシンジ。アスカは敵意にも近い視線を向けている。
「ミサトさんに留守電が入ってたんだ。…迷惑をかけてすまないって。
加持さんが育ててたスイカがあって『代わりに水をやってくれると嬉しい』
って言ってた」シンジは加持との会話を思い出し、辛そうな顔をする。
何故、あの後自分はテープを聞いてしまったのか。
「だからなんだって言うのよっ!?」アスカは苛立ちを隠さない。
シンジは躊躇する。シンジは解っているつもりだ。しかし、アスカにそれを告げるのは良いことなのか迷う。
「言いなさいよっ!」アスカは嫌な予感がしていた。根拠のある不安。
「『もし、もう一度会える事があったら、8年前に言えなかった言葉を言うよ』って…。ミサトさん泣いてた…。加持さんは…もういないんだ」
苦痛を吐き出す様にシンジは言った。アスカは深く息を吸った。
「…バカ言ってんじゃないわよ」吐き出す声は震えていた。
「加持さんがいなくなったって何よ?」疲れた眼に動揺の色に満る。
「…もう、いないんだ…」シンジは俯く。
「…加持さんが、死んだ?」怒りに身を震わせるアスカ。
シンジは後悔した。アスカを見て俯き、首を縦に小さく振った。
途端に、シンジの頬をアスカの右手が打つ。
「いい加減な事言わないでよっ!バカシンジのクセにぃっ!!」怒鳴る。
「だから何度言ったらわかるんだよ!加持さんはもぉいないんだってばっ!」
シンジは頬も押さえず、アスカの眼見た。何故ここまで言わせるのか?
その眼の語る意味をアスカも理解した。
「嘘…?」アスカは愕然と言葉を吐いた。
その後、アスカはシンジを見ようとしなかった。俯き立ち尽くす。
シンジは三度後悔した。自分の言葉の重大さに気付くと、言葉が出ない。
アスカがユラリと椅子に座り、両手を添えてテーブル置き俯く。
「…アスカ?」シンジは声を絞り出す。しかし、アスカは微動だにしない。
シンジは、それ以上言葉が無い。しばらくその場にたたずむ。
嫌な空気。アスカは呼吸の音さえ洩らさない。
静寂に耐え切れなくなりシンジはその場を離れ、一人の世界へ逃げ出した。
自室のベッドに転がり、何も見ないで一点を見つめていた。
アスカは眠らないまま、朝を迎えた。エヴァパイロットとしてシンジに
負けた。レイにも負けた。エヴァとシンクロさえ出来なくなった。
自分一人で倒した使徒は1体のみ。それさえ、シンジの助けが無ければ死んでいた。そして、恋慕の情を寄せていた、加持はいなくなった。
母に一度殺された自分が、エヴァに乗れなければ、特別な存在で無くなったのならば、誰が自分を必要としてくれるのか?
誰が自分の価値を認めてくれるのか?
誰が許してくれるのか?
『負けた』
『いらない人間』
『許してくれない』
『愛してくれない』
『殺される』
『一人で生きられない』
『価値が無い』
『生きている価値が無い』
『生きている意味が無い』
『すがれる理由が無い』
『自分が無い』
身動き一つせず、考えるつもりも無いのに、アスカの意識は動き続けた。
ベッドの上で、アスカは身体の感覚を感じないまま眼を開いていた。