第弐拾参.弐話『 禁じられた遊び 』
44
第14使徒ゼルエルとの闘いに惨敗し、次いで第15使徒アラエルによる精神攻撃に、アスカの心は空洞化に陥っていた。3日前の第16使徒アルミサエル戦では、遂に起動限界を下回り、弐号機を動かす事も出来なかった。
『弐号機を降ろされた…。あたしは特別な存在じゃ無くなった…いらなく…』
自室のベッドで、アスカは今朝から転がっていた。零号機の自爆により、学校も崩壊。市民はすでに疎開を始めていた。する事もできる事無くなった
アスカにとって、それはどうでも良いことだった。
自爆したはずのレイが生きていた事も。
リビングで呼び鈴の音が鳴り、シンジが自室から出てゆく音がする。
しかし、今のアスカにとっては知った事では無い。だがシンジが呼びに来た。
「アスカ。委員長だよ。疎開するんだって…」遠慮がちな声に苛立つ。
返事もせず起き上がり、襖を開けるとシンジが様子を伺うような顔で立っている。その『眼』に苛ついたアスカは、シンジを睨み付けた。
すぐに目を伏せたシンジに構う事無く、玄関にアスカは歩きだす。
「アスカ…」玄関で待っていたヒカリは、アスカの姿を見て笑いかけた。
しかし、アスカは伏せ目がちに反応しない。ヒカリは言葉に詰まる。
「アスカ…、ウチも疎開するんだって。…だからお別れに…」
「そぅ…。ゴメンねヒカリ…。迷惑かけて」アスカは眼を合わせない。
「なに言ってるのよ…。気にしないで」少し動揺するヒカリ。そのまま、アスカを励ます言葉をヒカリは言うが、言葉が見つからない様に見える。
アスカの今の状態を見れば、気安い言葉などかけられる訳は無い。
しかし、それはアスカには『腫物に触る様』にしか見えない。嫌な空気。
シンジも後ろにいながら、一言も発しない。ヒカリが撮り蓄めていた写真をアスカに渡す。制服姿で笑っているアスカも映った皆との写真だ。
「じゃあ、またね?連絡ちょうだい。お仕事頑張ってね」とヒカリ。
「さよなら…」見送るアスカは、すさんだ眼で寂しげに答えた。
玄関に立ち尽くしたまま、アスカは写真を眺める。それらには全て自分が映っていて、気取っていたり、笑ったり、シンジをドツいたりしていた。
これは全部自分だ。だが自分じゃない気がする。アスカは記憶を辿るが、よくわからない。
「みんな出ていっちゃうんだね…。トウジもケンスケも余所へ移るって」
シンジが声をかけた。しかし、アスカは反応しない。写真を見つめている。
シンジはその場に居づらくなり、部屋へ戻る。
アスカにはわからない。写真の自分と、ここにいる自分。
同じ自分のハズなのに、全く違う。何かが違う。
『じゃぁ…あたしは誰?』考えて『愚問だ』と思ったが、何故愚問なのかがアスカにはわからなかった。
「アスカ…晩ごはん出来たよ」シンジが部屋の前で声をかける。しかし、返事は無い。昼食も声をかけたが、結局部屋に籠もったまま出て来なかった。
シンジにはどうしていいのかわからない。襖を開ける勇気も無い。
シンジはアスカの部屋を離れる。アスカは今日も何度か、加持へ連絡をした。
しかし、『現在使われておりません』とのアナウンスしか聞けなかった。
アスカは加持の声が聞きたい。慰め励まして貰いたかった。逢いたかった。
しかし、行方がわからない。しばらくして、アスカは自室を出て食堂に行く。
ちょうど洗い物を終えたシンジがアスカに気付く。
「あっ、アスカ。…食事出来てるよ。いま温め直すから少し―」
「アンタ、加持さんドコに行ったか知らない?」シンジの言葉を遮り聞く。
一瞬反応するシンジ。アスカの視線が険しくなる。
「知らない…」視線を落とすシンジ。
「嘘ね?…何か知ってるんでしょ!?言いなさいよ」
アスカが睨む。
シンジはしばらく黙り込む。その態度が気に食わないが、間違いなく何か知っているとアスカは確信する。
「加持さんは…、多分もう会えない」呟くように言うシンジ。
「えっ?」アスカは言葉の意味が理解出来ずに聞き返した。