第弐拾七話
『 月灯の下で 』
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しばらく二人は抱き合ったまま動かなかった。
「シンジ…少し痛い」ささやいたアスカに、シンジは「ご、ごめん」
と言って少し離れ、自分の言葉にバツの悪そうな顔をした。
それを見て「あいかわらずねぇ」と小さく笑うアスカ。
二人とも相手に触れたまま見つめあった。アスカは少しうつむいて再びシンジに身体をあずける。腹部が触れた時「ごめん。…ボクはどうかしてた…」また泣きだしそうなシンジが言う。
「右に同じ…」アスカは言いながら、胸をシンジにあてる。
「気が付いたらシンジが私に乗っかってたの。…不思議ね…」シンジ
を見つめるアスカ。
「…怖くはなかったの…」何も言えないシンジ。顔をそらしうつむいている。
「ここはあなたが望んだ世界…。恨まないわよ…。たぶん」
アスカを見るとシンジを見つめている。
「あなたが望まなければ、私も私ではいられないままの世界だった。
…私は私として生きて、私として死にたいの」
シンジはアスカの頬に手をかざす。アスカが小さく承認する。
片眼を覆う包帯が痛ましいが、アスカの頬はやわらかだった。
「不思議ね…?あのままだったら一人じゃなかったのに…。私…」
シンジの手の感触を確かめるように、アスカは言った。
アスカの言葉に、シンジはたまらない気持ちでいっぱいになった。
接触と承認。
シンジは声を殺して泣いた。アスカも泣いていた。
二人はしばらく抱き合ったままだった。
「これからどうするの?」
LCLの海…一つになった人間達で満たされた海を見つめアスカが聞いた。
「待ってみようと思う。ミサトさんや、ネルフのみんな。トウジやケンスケ…」「ヒカリもね…」
そしてアスカは口をつぐんだ。
シンジも黙り込んだ。二人とも加持と掟司令の名を口にしなかった。
しばらくして、シンジは水を探してくると言って、海岸を離れた。
アスカは一人で、海と変わり果てた量産機の残骸をながめ、誰も戻ってこないかもしれないと考えていた。
「ファースト…。あんたくらい戻って来なさいよ…」
アスカは初めて綾波を思って泣いた。
「…また、会えたわねシンジ…」