第弐拾七話
『 月灯の下で 』
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アスカ「気持ち悪い…」
シンジは泣き続けた。後悔なのか、苦しみなのかわからなかったが、悲しそうな涙だとアスカは感じながら、まっすぐ空をながめていた。
綾波レイと、シンジの母は二度と会えない。それはアスカもわかっている。
ミサトやシンジの父は戻るのだろうか?加持さんは?
『加持さんには会えなかった…』
心が溶け合った時、加持とアスカの母を感じる事はなかった。
それは補完計画以前の時期の加持の死を意味している。
『加持さん…』
アスカも涙を浮かべた。
まばたきをすると、静かに流れていった。
『(私)生きてるのね…ママ…』
シンジの嗚咽が小さくなってきた。アスカは再び眼だけでシンジを見る。シンジはアスカに馬乗りになったまま、下を向いた。
アスカは再びシンジの頬に触れた。ハッとシンジはアスカを見る。
アスカもシンジを見ていた。
「久しぶりね…どぉでもいーけど、あたしケガしてるんだけど」
シンジは再び眼をそらし、立ち上がった。
『ゴメン』とシンジが言わなかったので、アスカは少し違和感を感じたが、なぜか納得した。
シンジはアスカに背を向け海へ視線を向けた。
アスカは空を見ながら、何も見ていなかった。それはシンジも同じだった。
しばらく二人はそのまま動かなかった。波の音だけが静寂さを映していた。
どれだけ時間がたっただろうか。アスカは瞳を閉じてゆっくりと起きあがった。痛みのため少し顔を歪ませていた。
アスカはそのまましばらくシンジの後ろ姿を見ていたが、シンジは動かなかった。
アスカ「…他の人達は?」
しばらく間をおいて、シンジは「わからない」とだけ答えた。
「そぅ…」とだけアスカは呟いた。
「ねぇ、シンジ。」しばらくの沈黙の後、アスカは言った。
「私を殺すなら、早くしたほうがいいわよ…。苦しまない方法でなら私はかまわないわ…」
そう言い、アスカは痛みを堪えながら立ち上がった。「身体が動くようになったら、きっと抵抗しちゃうもの…」
アスカは自分が何を考えているのかわからなかった。ただ、シンジが辛いのなら仕方がないと思っていた。
アスカが歩みよると、シンジは振り返った。
アスカの瞳を見つめるシンジの眼から、涙が一筋流れた。
アスカがシンジの涙に気付いた時、その身体を強く抱き締められた。
「アスカっ、……アスカぁ〜」
せきを切ったようにアスカを泣きながら抱くシンジ。
アスカのぬくもりと匂いに、懐かしさと愛おしさがよみがえる。
最初、呆然としていたアスカは、シンジの体温に目眩を感じていた。
男の胸板が、こんなに暖かいものだと初めて知った。
アスカはシンジの背中を抱き、腕の中に運命を感じていた。
一度は拾った命…。そう感じていた。