第弐拾参.八話『 優しき水辺の傍ら 』

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アスカは壁を見ていた。自分の部屋に戻り、何時間かが過ぎた。
暗がりの中でベッドの上に俯せになり、動く事無く、壁を見ていた。
この数か月、同じような夜が続いていたかもしれない。
しかし、見ているのは眼球だけで、頭の中では何も見ていない。
ただ、自分の存在が小さくなっていくような感覚をまるで、腐った内蔵の様
に感じる頭の中で、微かに感じていた。
それは以前から…、天井からブラ下がった、母を見たあの日から続いてい
たのかもしれない。
懸命に否定し続けてきた。自分は生きなければならなかった。
それは母への裏切り。一緒に死ねなかった自分。
それは罪。
常に隠し続けた、内包された根底の不安。
《祝福されない宿命の命》
『わたしはいらない…わたしはいらない…わたしはいらない…』
何も考えるつもりは無い。そのつもりも無いのに、頭の中が蠢いている。
しかし、そんな状態が長く続きすぎていて、それが自分の意志なのかどうかも、よくわからない。
『捨てられた捨てられた捨てられた捨てられた』最初は母親。
『捨てられた捨てられた捨てられた捨てられた』最後はシンジ。
子供として。エヴァのパロットとして。人間として。女として。
『いやだいやだいやだいやだ…』眼は、光もなく瞳孔が開いている。
『みんな嫌い…《みんなが自分を嫌いなんだ》』
『誰もいらない…《みんな私がいらない》』
『みんないなくなればいい…《私がいなくなればいい》』
『みんな死ねばいい《私が死ねばいい》』
『私が死ねばいい《死ぬのは嫌…》』
裸のまま、死んだように動かなかったアスカに小さなショックがある。
目の下にクマが出来た疲れ澱みきった眼に、僅かに光が甦る。
「がっこう…行かなきゃ…」
ゆっくりとベッド起き上がると、自分が裸である事に気付く。
クローゼットから下着と制服を取出し、ノロノロとそれを着込む。
廊下に出ると家の中は暗い。そのまま歩きキッチンで水を飲むと家を出た。
時計は、深夜3時を回ったところを指していた。
マンションを出ると、何度も歩いた学校への道を歩きだす。
周囲は暗い。深夜である事以外も理由があるのだが、それに気付かない。
しばらく歩くと、その町並みは明らかに記憶とは異なる情景になる。
建物は崩れ、倒壊している物も視界に入ってくる。しかし、アスカは歩く。
周囲からは完全に明かりが途絶え、月明かりさえ今日は無い。
道には色々な物が散乱していて歩きづらい。アスカは道を急ぐ。
しかし、それは周辺の状況とは何ら関係は無い。
《学校には仲間がいる》
だが、道がわかりにくい。何か奇妙な感じにアスカは苛立ちを感じる。
やがて広い通りにでると、しばらくしてアスカは水溜まりに出会う。
道全体に広がる水溜まり。暗さの為か、その先が見えない。
しかたなしにその中に歩み出ると、すぐに膝まで水に浸かってしまう。
これではとても水溜まりは越せない。引き返し、他の道を探す。
アスカは水溜まりに沿って歩きだす。障害物や遮蔽物があり歩きづらいが、
この水溜まりを越さなければ、学校に行くことは出来ない。ただ歩く。
しかし、いくら行けども水溜まりは途切れること無く続いている。
「なんでよぉ…」泣きそうな声を出す。
足を取られ何度も転ぶ。しかし、道を探さなければならない。
「みんなが待ってるのに…」
アスカは眼を見開いたまま泣いていた。
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