第弐拾参.五話『 開かれない世界 』
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シンジの視界に微かに見えるアスカの表情は、頑なに見えた。シンジの肩越しに壁を見つめながら動かない。唇に残るアスカの生々しい感触。
以前の戯れなキスとは明らかに違うそれは、恋では無く性を感じさせた。
アスカの身体は力無くシンジに押しつけられている。細く華奢な弱々しさ、服の上からもわかる柔らかな肢体の感触。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「なに、…言ってるんだよ」シンジはかすれた声を絞り出す。
シンジは戸惑わずにはいられない。アスカには、何かの決意があるのは感じ取れる。しかし、あまりに唐突な行動は、何か不安を感じさせるに足りた。
「…したくないの?」感情の見えない声。
アスカは身体をわずかに引き、手首を握っていた手をシンジの胸に置く。
「ドキドキいってるよ?」その手に高鳴る鼓動を感じながら言う。
アスカの碧い瞳が、シンジを覗き込む。何かを求めるような瞳。
シンジは眼をそらす。すると、アスカが動揺の様な息を小さく洩らす。
アスカの手が再度、シンジの腕を掴み、その手を自分の胸の膨らみに導く。
「見たくないの…?いいのよ?…触って…」それは問い掛け。
シンジの手の平に伝わる感触は、下着の硬さの奥に柔らかさを教える。
アスカには確信がある。目の前にいる男には、自分に性的関心がある自信。
見たくない訳が無い。触りたくないハズが無い。したくない訳が無い…。
シンジは伏せ目がちに視線を反らす。アスカは痛みを感じる。少し俯くとノースリーブのブラウスのボタンを外し、後ろ手に下着のホックを外す。
ハーフカップのブラが、小さな音を立てて落ちた。
アスカが右手を胸元に添えて言った。
「抱いてよ…『私を見て…』」
その瞳は、拒む事は許さない。
アスカの瞳がシンジを見据える。悲しみの様な、苦痛の様な、切望の様な、…憎悪の様な瞳。
シンジは、心を剥き出しにしたかの様なアスカに怯えを感じる。
アスカの心は、焦り、切望、苛立ち、自己存在への承認に渇望する。
(私を見て…)
最後の価値をシンジの中に求めた。誰もが自分を必要としていない現在も、自分の価値を認める人間がいる。そうでなければ…、少なくとも碇シンジだけは、アスカにとってそうでなければならない。
当然それは慢心であり、願望である。
だが、媚びる事など出来はしない。その気持ちは戯れでは無いからだ。
シンジは言葉も行動も出すことが出来ない。突き付けられた現実に、ただ心の底で逃げたい思いだけが強くなる。それをアスカには理解する。
アスカは、三度シンジの手首を掴むと、その手を自らの胸の膨らみへ導く。
シンジは身を固くする。手の平に伝わる柔らかさと温かさに動揺した。
「あたしじゃダメだって言うの…?」その言葉は静かな恫喝。
小さく眉間を細めたアスカを見て、シンジは顔を背ける。
それを見て、小さく俯いたアスカはシンジの部屋の襖を開けると、その腕を引き、中に入った。シンジを部屋の奥へ追いやると明かりを点ける。
入り口に立つアスカに、シンジが視線を向けた時、彼女はその眼を見ながらスカートのボタンを外し、ファスナーを下ろす。スカートが落ちた。
シンジは視線を動かすことが出来ない。アスカはそのまま下着を脱ぎ、ブラウスを簡単な仕草で床に落とした。灯りに晒されるアスカの裸体。
アスカが静かに歩み寄ると、シンジは打たれる子供の様に眼を伏せ身構える。
アスカの両手がシンジの頬に優しく触れ、そして唇が触れた。