第弐拾九話
『 黒い月 』
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街への道を爆走する4ドアセダン。
「あっアスカ!スピード出しすぎだってば!」
「だぁ〜ぃじょぉぶよ!まだ、たったの150キロよ!」
「たったじゃないだろぉ!」
ますますスピードを上げた車は、いつもの4分の1の時間で街に入った。
「ドコで運転覚えたんだよ…」ぐったりするシンジ。
「カートレースで鳴らした腕前よ!」勝ったと言わんばかりのアスカ。
いつも通りに街を探索し、市役所を発見した二人は、気になっていた事を調べる。発電所と浄水場である。
原発であれば無人は危険極まりないし、それは水道も同様だった。
幸い、発電所は海洋潮力発電だったが、浄水場はわからなかった。
生きているパソコンはあるのだが、インターネットが死んでいるので、知りたいこともままならないのだ。
市役所の建物を出ると、隣の建物が合同庁舎であり、水道局が有るとわかり、シンジはそれを調べに行った。アスカはガソリンの補給を命じられた。
段取りを終えたアスカが、敷地をプラプラしていると、空のそれに気付く。
黒い月。
それは、青空にニブい輝きを放っていた。
『ママ…』記憶が甦る。
ネルフ本部があり、そこには弐号機の残骸が眠るはずである。
沈黙と覚醒。あれは後悔だったのだろうか?
「日記…ロッカーに入れっぱなしだったな…」
アスカは呟いた。
シンジが戻ると、アスカが無造作に空を指差した。
「あれは…」シンジも即座に理解する。
黙ったまま黒い月を見つめるシンジ。ミサト、カオル。父と母。皆…。
脳裏を過る現実。全てはあそこから始まったのだ。
嫌な思い出。楽しかった思い出。そして、アスカと綾波の思い出。
空の彼方に浮かぶその姿…。
『そうか…。』
少し不安げにシンジを見るアスカに気付く。
「行こうか?…アスカ」
シンジは笑った。アスカはここにいるのだ。
「色々あったわね…」走りだした車の中でアスカが言った。
「そうだね…」運転するシンジは答える。
アスカは窓開けて、髪を押さえていた。
アスカはプラグスーツを脱いだ日から、いつも髪止めに使っていたインターフェイス(だったっけ?)を付けることは無かった。
「あたし…、ファーストにヒドイ事言っちゃったわ…」
前を見据えたまま言うアスカ。シンジは「そう…」とだけ答えた。
「あの子…、きっと辛かったんでしょうね…」
アスカは哀しげな眼をしていた。
綾波レイは二度と戻らない。
シンジは言葉を次ぐことができず、車を走らせるしか無かった。