第参拾.五話『 目覚める世界 〜味見がお上手〜 』
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サードインパクトから15日目の夜。満月には程遠い月は、薄く紅い輝きを放っていた。今夜は、さわやかな風が吹いていた。
シンジとアスカが、当面の拠点と決めたコンビニは、すでに生モノの食品は姿を消し、米と麺類を中心とした、保存食を提供してくれていた。
無人の街へ出れば、まだまだ食品はあるのだが、例の海岸から離れたくない二人は、その道なりに位置する店舗兼自宅を無断借用、留まっているのだ。
「ぐぇぷ…」昼食に続き、夕食もスパゲッティミートソースに挑戦した
アスカは、後悔のゲップを細やかに洩らした。
「んん〜、茹ですぎだね。やっぱり」何とか平らげたシンジも、胸が悪い。
「塩も入れすぎだから、表面がザラザラして、食感がちょっと…」
「むぅ〜」皿の残りと格闘しながら、アスカがぶーたれる。
「味見したときは問題無かったのにぃ」最後の一口を頬張る。
「鍋から直接でしょ?塩を多めに入れると、釜上げの麺は味が濃いめに
感じて、おいしく感じるんだよ。実は、しょっぱいんだけど…」
シンジの蘊蓄を聞きながら、何とか最後の一口を飲み込むアスカ。
「…で、塩を入れすぎると沸点が高くなるから、油断するとすぐノビちゃう。
だから、もう一回教えるって言ったのに…」シンジは水を一口。
アスカも、ぐぅーっとコップの水をあおると、ダンっとコップを置く。
「このアタシが、一度学んだ事を覚え切れないなんてえぇ〜」
ホントに情けなさそうな顔をするアスカ。
「まぁ、慣れだからさ…?」言いすぎたかな?と気にするシンジ。
「覚えてなさいよ!明日はおいしいーって、言わせてやるんだからっ!」
アスカは、ダイニングチェアの背もたれにふんぞり反って、宣言する。
「はははっ、はいはい…」シンジは楽しげに笑った。
炊事・洗濯・掃除。これらを交代制にと、主張したのはアスカである。
当初、アスカは怪我の関係もあったので、全てシンジがこなしていたのだが、
1週間経たない内に、アスカは怪我の回復を主張し、現在に至った。
しかし、ドイツ時代からこっち、家事などアスカはしたことが無い。
掃除や洗濯程度ならなんとかなるのだが、料理となるとやはり勝手が違う。
4日程前から毎日1〜2回料理をするのだが、一筋縄にはいかないのである。
「アスカ?手の具合はどーなの?」食後のコーヒーを入れて差し出す。
「大丈夫なんじゃない?」左手で受け取りながら言うアスカ。
一口すすって、右手を見下ろしながら、にぎにぎしてみる。
それ程、心配はしていないのだが、実はまだ違和感がある。もちろん、当初と比べれば痛みも無くなったのだが、あまり物を強く掴めない程度しか、指に力が入らない。それは左眼も同様で、視覚に問題は無いが違和感があった。
ドイツ流の、濃いコーヒーに角砂糖2つと、ミルクをたっぷり入れて、マグカップを一口すすって、アスカは聞いた。
「見てて変な感じする?」「うーん。そんな事はないんだけど…」シンジは少し不思議そうな顔をする。
「辛かったりしたら、無理する事ないかなぁーって…」
シンジは、少し探る様に言ってみる。やはり、気になるのだ。
「あら?それは、あたくしに料理をするなと、おっしゃってらっしゃる?」
冷ややかぁ〜に、右眼だけでシンジを一瞥するアスカ。
「いやぁ〜、そんな恐れ多い…」やっぱり、そー言うかと、乾いた笑い。
「覚えてらっしゃい?必ず『アスカ、アレ作ってよ?』って必ず言うよーな料理をいまに食べさせてやるんだから」コーヒーをすすりながら、
右手の人差し指をチチチっと振るアスカ。まだ、料理では勝てない事を
自覚はしているらしい。シンジ「期待してるよ」と笑った。
「さぁ〜って、お風呂入ってくっかなぁ」アスカが立ち上がる。
「あぁ、うん」シンジはアスカを見ながら言う。
「今日は、ダメよ」「えっ?」「今日は、一人で入りますから」
「あらぁ〜」シンジは、素っとぼけた顔で答えた。